関東懐旧街 ~猫屋横丁の古い町並み~

関東に残る昔ながらの町並みの探索記録  主に宿場町や河岸の町、東京の下町などをご案内しております

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脇往還の市場町で栄えた原市の古い町並みを歩く(1)  

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【埼玉県上尾市  埼玉新都市交通伊奈線・原市駅/沼南駅】

前回までの枝垂れ桜巡り編で上尾市原市の相頓寺に訪れた際、原市の古い町並みを軽くご紹介しました

それから約一週間後、原市の町並みをもう少し詳しく散策するため私は再び現地を訪れました。



これからご案内する原市(ハライチ)は江戸時代から近隣の市場町としてや在郷町として繁栄した町であります。

原市は大宮宿と菖蒲を繋いでいた脇往還「原市・菖蒲往還」の街道筋に位置しており、主に三八の六斎市で賑わう町であった

周辺を綿作地帯に囲まれた町であった原市では綿の交易も盛んであり、綾瀬川舟運を伴う物資の集散地として発展する。

明治~大正期にかけて最盛期を迎えた町の規模は中山道の上尾宿を凌ぐ程であったと聞きます。

往時の面影が今も残る原市の町並みを歩いてみましょう



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今回も大宮駅からニューシャトルで原市駅に到着、今回乗車した2000系は新型2020系と比較すると乗り心地はいまいち




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東北上越新幹線の高架に沿って併設されているニューシャトル

ここ原市駅ではホームの直ぐ近くをフル加速気味の新幹線が通過しますので中々の見応えがあります。 





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原市駅を出ると県道5号(第二産業道路)が北西に走っており赤い鳥居の日枝神社があります。

この場所が昔の原市集落の南口(大宮方)であったと考えられますが、新幹線や大通りの敷設で昔の地形は失われています

現在は全て上尾市原市という括りですが、昔は南東から北西へ 下新町、下町、中町、上町、上新町と町割りがなされていました

日枝神社の近くには「下新町」という名のバス停がありますので、この辺りが旧町名の下新町と考えられます。





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県道5号(第二産業道路)と並行する旧道が昔の脇街道「原市・菖蒲往還」であり、原市の古い町場は原市大通りと呼ばれている

大宮から原市までは原市往還や原市みち、原市から菖蒲までは菖蒲往還や菖蒲みちと呼ばれていたそうです





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この辺りは枝垂れ桜編でご案内したばかりの場所となりますが、南から北へ原市の古くからの町並みを見ていきましょう。
  
新しい幹線道路である県道5号(第二産業道路)が西へ移動してくれたおかげでビル化なし、歩道なしの道幅が残っています






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まず気になるのが周囲をトタン壁で防御された古民家の存在 





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目張りされていますが昔は商店を営んでいたのかもしれません




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原市大通りから相頓寺の門前へ延びる横道




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浄土宗 相頓寺 住所は上尾市五番町  

相頓寺の枝垂れ桜を見るにはこちら 
■2018 枝垂れ桜巡り(2)上尾市原市、相頓寺の枝垂れ桜





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原市大通りを進むと往時を偲ぶ商家の姿が見えてくるようになる。

表通りに対し建物を敷地奥へ後退させているのが原市の特徴であります。 

これは原市が江戸~明治期に市場町として繁栄した時代の名残であり「前庭」と呼ばれている物である

前庭は市を行う空間を確保する目的で設けられた物であるが、耐火を目的とし前庭を設けた与野の町並みと似ています






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カフェ&ギャラリー山本屋又右衛門さんの蔵造り建築

建物は近年カフェに改築されているが江戸時代中期創業の歴史ある商家、断言は出来ないが昔は肥料商だったかもしれないです





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山本屋のお隣りにも確りとした建物があります




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たぶんこの辺りは旧下町と思われます。 また、原市の旧町一円には「原市大通り商店会」が組織されている。  





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こちらの商店は前庭が無いので比較的近世に建てられた物となるのでしょうか

ここを通るたび鶏肉の「つくね」店と勘違いしてましたが、看板をよく見ると学生衣料・洋品と書かれていました





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通り沿いには立派な商家ばかりではなく 本来関心を持つべき旧い一般家屋の姿も散在





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下町の横道 





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枝垂れ桜編で訪れた真言宗智山派の寺院、寶蔵寺の屋根が見えます





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寶蔵寺のラカンマキ

近くに鎮座する佐四郎稲荷神社は下町の御鎮守様であるとの事です





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原市大通りを進むと「仲町」という名のバス停を確認しました。

従ってこの辺りが昔の中町かと思われますが、明治時代にこの同じ場所を撮影した古写真が残されています。





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原市旧五ヶ町の中町にあたる場所、前庭に商店が増築された構造の商店が並ぶ




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世界の家庭薬メンソレータムの旧い看板
  



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前庭に築かれた店舗の後方には古い時代の見世が隠れています 

前庭は道路から三間ほどの空間が設けていたとの事。六斎市の立つ日は町が紅白の幕で飾られ大変な賑わいを見せていたそうです





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旧中町、街道沿いに並ぶ家々の敷地は次第に奥深くなり土蔵や屋敷林が敷地奥まで広がる姿を確認できる 





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前庭を石畳で固めた町屋系建物の商家  

正面配置は平入りだが棟続きの妻入りが後方へ延びている。撮影は出来ないが更に後方に控える土蔵や母屋も見事である。 






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同じく旧中町、ここには江戸時代初期から原市の名主を務めてきた家柄の矢部家があります。





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しかし残念なことに原市の名主・矢部家の長屋門はいつの間にか綺麗に改築されていました。 






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間口12間を誇る長屋門  当家は病院を営んでおられる様で昔は門を潜ったところに診療所があったはずです。 





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長屋門の趣きある姿は失われましたが表通りから続く敷地は見応えがあります

この屋敷に関しては間口も相当広いので短冊形敷地とは言えないが、新幹線の建設前は今よりも奥深く敷地が続いていたと思われる。




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表通りからだいぶ歩いたところで一棟の土蔵が見えてきました

土蔵の奥に見える巨樹は樹齢300年以上と伝えられるカヤの木だと思います。





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広い屋敷の中に立ち並ぶ母屋の一部、他にもこの母屋とは別棟で比較的新しい居宅などが存在する模様





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知らない人が見たら大きなお寺と思うかもしれません 


上尾市原市の町並み編(2)へ続く

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