関東懐旧街 ~猫屋横丁の古い町並み~

関東に残る昔ながらの町並みの探索記録  主に宿場町や河岸の町、東京の下町などをご案内しております

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志木市本町地区・再訪編(2) 新河岸川舟運のまち引又宿  

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【埼玉県志木市    東武鉄道 東上本線・志木駅】

前回からの続きとなります 引き続き志木の本町地区を見ていきます。


駅前通りの県道(旧引又街道)を北へ歩くと 旧街道と昭和新道が交差する「本町3丁目交差点」に差し掛かる。

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この交差点より北側にあたる本町1丁目が概ね引又の旧町地区となります。昔は市場通りや本町通りと呼ばれていた場所です





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旧引又宿である本町通り(市場通り) 

但しご覧の通り 新河岸川舟運一の町と謳われた町並みなどは何処にも存在しない・・・

十年以前は昭和期の商店などが幾分残っていましたが、近年の整備事業によって古い町場としての景観は破綻してしまいました。





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クリック拡大して説明をご覧ください



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南北600m程に連なる現在の本町通り(市場通り)が昔の引又宿となる。

古地図の南端(左)が現在の本町3丁目交差点付近、北端が引又河岸




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引又宿の南端に置かれた道標

清瀬と東村山を経て府中、宗岡村と土合村を経て浦和と記されている





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本町1丁目、本町通り(旧市場通り)

暗渠化された野火止用水や六斎市の説明などは省略し、昔の引又宿跡である本町通りを簡単に見ていきましょう





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表通りの古い建物は数える程しか残っていませんが、路地や横道へ入ると昔の商家蔵などが隠れています。





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同じ建物を反対から見てみる





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主な建物は失われたが短冊形敷地に古い時代の中蔵だけが残る旧商家さん 





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殆どの家は建て替えられてしまいましが戦後期あたりの旧家が静かな横道に佇んでいます





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若干であるが山小屋風というか洋風の意匠を取り入れた建築物にも見えます。当時は洒落たお宅だったに違いありません





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同じ横道には醤油醸造所跡の煉瓦建物があります。 明治初期の建築との事で現在は珈琲店として再利用されております





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旧醸造所の敷地内には大きな醤油蔵の姿も確認できる





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表通りの本町通りからは見えない場所に古い土蔵などが点在





2-2018引又宿16江戸道
こちらは本町通りから東へ延びる横道「江戸道」 





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江戸道





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江戸道





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同建物





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江戸道は川越往還(川越街道)の裏道的な道であったそうです

おそらく江戸道は和光市の白子宿あたりで川越道中と合流&分岐していたと推察します





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本町通り   

柳瀬川と新河岸川が合流する中州地帯の親水公園に店蔵だけが移築された村山快哉堂は元々この付近にありました 

移築された店蔵は市指定有形文化財となっていますが、その跡地は駐車場となっておりますので違和感を感じます


駐車場がそんなに大事だったのでしょうか、店蔵だけが公園内にポツンと置かれた姿は何となく孤独感を感じます。





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本町通り沿い、反り入母屋を構えたレトロな美容室さん  





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同じく本町通りに面する在来商店さんです。この手のお店が10年程前までは未だ結構残っておりました。

また、本町通り一円には「いろは商店街」という商店会が組織されているが、これは昔の本町商店会からの改名と思われる。





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本町通り中ほど、周囲をマンションなどに囲まれながらも現存する旧商家建物  

店舗部分や二階窓などには手が加えられていますが、出桁で支えられた大屋根や白漆喰戸袋などが当時の姿を伝えている





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同商家建物の側面





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国が登録する有形文化財(建造物)である朝日堂薬局さん  





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明治20年代の建築との事で主屋を含む敷地内の全七棟が有形文化財の指定を受けている

表通りから見る事は出来ませんが、かなり奥深くまで延びる敷地に土蔵や母屋などが連結する様子が航空写真で確認できます。





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本町通りの北側まで歩くと東へ延びる横道である「富士道」が見えてきます 

富士山への参詣道ではなく、この先の敷島神社境内にある「田子山富士塚」へ続く道だから富士道と呼ばれている模様

以前は一般者の入山が制限されていた田子山富士塚ですが、2016年から一般登山が解禁されていたとは知りませんでした。

入山日は条件付きとの事でありますが、今回その情報は後で知ったため敷島神社の参拝を見過ごしてしまいました。





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引又宿跡である本町通りの北側です。

ここからは河岸段丘の坂道「市場坂」が続いており、昔は蛇行していた坂道を下ると新河岸川舟運の引又河岸がありました





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市場坂上、塗り籠めの重厚な商家   詳細は解りませんが引又宿の繁栄を今に伝える希少な建築遺構である





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この商家も相当なものです。表通りに面する店蔵の奥には大きな中蔵や倉庫などが並んでいます





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同じく市場坂上、本町通りに立地する商家建物

現在は建築屋さんの社屋として稼働している  

以前は短冊状の敷地沿いに細い路地が延びていましたが、古い区画は整理され住宅メーカー系の新築住宅が立ち並んでいます。  




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同じ建物を反対から  

隣にも同等の商家が立っていました。当ブログでも登場した事のある建物でしたが解体撤去、駐車場となってしまいました





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敷地の深いところには土蔵の姿が確認できる


余話ですが、近年この町の夏まつりではサンバカーニバルが行われるようになった

見方は分かれているそうですが、300年の歴史を誇る町としてサンバはどうなのかなと私も感じました

新河岸川“引又舟運祭り”的な、日本の伝統を感じさせる物だと面白そうですけどね





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この市場坂を下りきった場所が昔の引又宿の北端となる。





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市場坂下、柳瀬川と新河岸川の合流地点

昭和5年の河川改修工事によって昔の地形は消滅したそうですが、概ねこの辺りに引又河岸と宗岡河岸が築かれていました



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新河岸川舟運



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野火止用水の水を宗岡まで送っていた水路、いろは樋



03-2013引又10



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画像拡大します





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柳瀬川と新河岸川が合流する中州(出州)地帯の親水公園には前述した村山快哉堂(村山かいさいどう)の店蔵があります。

明治10年の建築、元々は肥料商の建物であったが のちに薬店の村山快哉堂となる。店蔵だけが20001年この地に移築された

村山快哉堂のある中州公園が現在の様に整備される前までは、簡易的な家屋や染色工場などが密集する場所だったと聞きます。




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中州地帯には志木市役所も立地する

今回は旧引又宿の本町通りを一通り歩きましたが、以前歩いた時と比べ往時を偲ばせる遺構は残り少なくなったと感じました。

次回は本町通りを離れ、引又から西へ延びる昔道界隈を少し歩きます。


志木市本町地区・再訪編(3)へ続く

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